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[y22] ヨシミ22歳の過大なトラウマ

誰も話を聞いてくれないし、人間なんてもう信じない。

疲労感

 …。
 最近、昔の具体的な出来事をあまり(イニシャルで)書いていないなあ、と思います…。
 まあいいんですけれども、思い出すだけで本当に疲れてしまうのでね…。
 忘却するというのは、本当にいいことだと思います。けれども、現在も続いているものごとの端々にその当時のものが残っているのでね。「あの事実はなかった」と言ってしまえないのが問題なのでしょう。

 最近、何かとけっこう疲れていますし、色々と仕方ないのかな、とも思います。
 体調があからさまに悪い気もしますけれども、かといって何かをしようとすることはなく。何かを出来るということもないのです。
 そんな感じ…。

 若かった頃のことを思い出してもね~、という感じの気分にもなります。けど、今若い人はもう生まれた頃からネットがあるわけで。逆に波乱が無さそうだ、とも思ってしまいます…。いいことだと思いますが…。
 あの頃は、全員がネット初心者でしたのでね。冷静に思い返すと恐ろしくもあります。

 

 

webチャット

 昔は、今のようにTwitterなどありませんで。
 1998年頃は、主に「webチャット」にてコミュニケーションを取ることが多かったように思えます。
 webチャットは、CGIを設置可能なレンタルサーバーにて各々が自由に設置するものでした…。今だと「セキュリティが!!!!」ということになるんでしょうけれども、それはもう、今から20年近く前ですからね…。
 そんなwebチャットの中でも、最もポピュラーで使い勝手がよかったのは…。私の独断ですと、だんぜん「ゆいちゃっと」だったかと思います。
 「ゆいちゃっと」はですね。botを設置することも出来ましたし、カスタマイズも柔軟に出来ました。ROMっている人数の表示が出来たりとかもしました。今考えても、なかなかの高機能…。
 しかし、「ゆいちゃっと」は、高機能ゆえに設置が難しくてですね。当時はCGIを設置するだけでも様々な制限のあるサーバーが多かったので、その制限をくぐり抜けて設置するのは非常に難儀なことでした。出来なくはなかったのですが、面倒なことこの上なかったので…。
 そんなこんなで、「ゆいちゃっと」は憧れそのものでした。

 1997年10月頃から私の行きつけであった「とんとんちゃっと」も、「ゆいちゃっと」を使用したものでした。
 あのチャットも本当に居心地がよかったのですが、後に様々な人間ドラマを形成し、そして衰退していくのですよね。悲しいものです。

 

 

コメントにおへんじ

 先日、いただいたコメントの中にこんなものがありました。

「Miss Rain」という超絶な名曲

y22.hatenablog.com

 随分前の記事なんですけれども…。
 その記事に、最近コメントをいただきまして。

そば
二年ほど前に公式からサルベージ?した音源がありました
私の環境ではmpc-hcでしか聞けませんでした

 公式から、サルベージ!
 出来たんですね…。驚きです。
 そもそも、当時の公式サイトに載っていたのは、mp3ではなくて、もっとファイルサイズの小さいリアルオーディオ(.rmとか)形式だったような記憶もあります…。1999年当時でしたのでね…。
 なので、今聴くとなるとハードルが高いわけで…。
 コメントのGoogle driveに載っているデータを参照しても、私には上手く再生出来ませんでした…。うーん。mpc-hcでも、うちでは無理でした。コーデックがおかしいのでしょうか…。
 私の場合、すぐにローカルのflacデータがすっと出てくるのでそっちを聴きましたけれども、うーん。
 flacやmp3も、フォーマットとしていつまで持つかな…と、思ってしまいました。

 

 

ICQ

 ICQというものをご存じですか。
 「I seek you」の短縮形でして…。
 …。
 このあたりの説明は、ウィキペディアでも見てもらうことにしましょうか…。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ICQ

 Wikipedia、便利ですね。(ものによっては、記述内容がうっすいこともありますけれどもね…)(ICQの項も、そんなに記述が厚くはない)
 というわけで、まあ、要はインスタントメッセンジャーでした。
 IDが数字なんですけれどもね。ユーザー名は任意に決められますが、数字のIDは全世界で順番に振られていった数字でした。
 「私のICQのID、7桁なんですよ。」
 …。と言うと、今から20年前なら「えっ! すごい! けっこう昔からやっているんですね」と言われたはずなんですけれども、もう今はその20年後ですので「ふーん?」という感じでしょうか…。
 とにかく、そうですね。1998~1999年頃がピークだったのでしょうか。みんながみんな、ICQをやっていましたね。色々なことがありました。
 で。
 それから20年くらい経ったのですが…。
 私は、自分のIDとパスワードを覚えていましたので、スマホ版のICQアプリ(そもそも、あるのかよ! というツッコミを入れましたけれども)をインストールして、ログイン!
 あの頃親しかった皆さんが、リストにずらっと並んで!
 …いましたけれども、オンラインになっている人は誰ひとりとしていませんでした。ですよね。

 20年後のTwitterの姿なのかもしれません。

 

ADSLの頃

 ブロードバンド。ブロードバンドは憧れでした。
 1999年頃に、わりと実用的なADSLのサービスが始まったんですよね。
 長野県が最初でしたっけ…?
 (そのあたりは、Wikipediaでも見ていただくとして。きっと詳しく載っていると思います)
 家に居ながらにして高速なインターネットを楽しめる、というのは、まさに夢そのものでした。
 当時、中の人は東京に住んでいましてね…。
 東京だったらすぐにADSLの恩恵にあずかれたのではないか、と思われがちですけれども、東京23区内でもエリアが拡がるのに結構な時間がかかりました。
 最初、ADSLが使えたのは、山手線の内側…の、ごく一部でした。
 ところが、当時のお友達の家がそのエリアに入っていまして。その方はもう、大喜びで契約をしていましたね。なんかもう、本当にうらやましかったです…。
 私が住んでいた場所は23区内でも外側のほうでしたので、エリアに入るのにそれから1~2年は掛かったんじゃないでしょうか…。
 そうこうしているうちに、ネット上で知り合ったコミュニティも崩壊し、結局のところ、「あの人間関係はナローバンドならではのものだったのか~」と思うようになりました。
 でも、そんな感じですよね…。
 ADSLですら、もう、超高速のインターネット、という感じでした。
 今はもう、恵まれすぎていますが、もうちょっと速い方がいいかな、とはいつも思います。

 

 

けいじばんサービス

 前回、ホームページについて書いたんですけれどもね。
 ホームページがあるだけでは、何らの交流も出来ないじゃないですか。管理人にメールを出すくらいしか出来ないという。
 なので、今から18~19年前には様々な掲示板サービスがありました。
 プロバイダーのホームページサービスがCGIに対応していれば、独自に掲示板を設置出来たんですけれどもね。当時は、CGI対応で容量も大きく、かつ安価で、というとなかなかそういうところはありませんでした。「さくらインターネット」なども、もうありましたけれどもなかなか知名度を浸透させるまでに至っていなかったような。
 というわけで、レンタル掲示板、ということになりましょう。
 最初は「インタラクティア」という掲示板が使い勝手がよかったようで、結構な人気でしたね。しかし、あっという間にキャパシティをオーバーしてしまい、新規募集停止、ということになった記憶があります。
 そこで次に多くの人が目を付けたのは「tcup」です。今の「teacup」。今もありますよね…? 今もある、という、そのことだけで奇跡のように感じられますけれどもね。
 そのtcupの掲示板、非常に使いやすく便利でしたので、様々な交流がなされたところです。
 もっとも、無料ホームページサービスのジオシティーズジャパンなのですが、こちらにも「ジオブック」という掲示板のようなサービスがありました。これは…。けっこうカスタマイズは出来たんですけれども、その仕様があまりよくなかった、というか、気に入られなかったような感じで…。多くの人は外部サービスを使っていたように思います。

 今はTwitterだけ、という感じの流行ですが、なんかやはり味気ない感じもしますね…。

 

ホームページ

 今、もしかして、と思いながら書いているんですけれどもね。
 最近、比較的新たにネットをはじめた人って、もしかして「フレーム」のあるウェブサイトを知らないのではないか…と思います…。
 どちらかというと「インラインフレーム」ではなくて、普通の「フレーム」のことを話しているつもりなのですが、まあ、どっちでもいいです…。
 スマホの世の中ですから、今フレームがあっても邪魔でしょうがないですよね…うん。でもまあ、上手に処理すればフレームありでもどうにかなるのかな、という気はしています…。

 昔、私のウェブサイトがジオシティーズジャパンにあった頃は、普通のベタッとしたデザインだったように記憶しています。
 でも、A氏のウェブサイトはフレームありでしたね。トップページはフレーム無しで、そこから入っていくとフレームにメニューが入っているような、そんな、よくある当時のウェブサイトだったように思えます。
 E氏のウェブサイトも、結構特徴的でした。どっかのプロバイダーでしたっけ、そこのサーバーにあったような記憶があります…。

 昔の「ホームページ」というのは、今で言う「Twitterのアカウント」のようなもので、名刺代わりだったようにも思えます。
 冷静に考えると恐ろしい時代だったのですが。