[y22] ヨシミ22歳の読み方いろいろ

誰も話を聞いてくれないし、人間なんてもう信じない。

個人ニュースサイト史について

 Twitterで仲良くさせていただいている、「さくらばさん」という方がいます。いつも大変お世話になっています。
 そんなさくらばさん。漢字で書くと「佐倉葉」さん、というのだそうです。ずーっと「さくらよう」さんだとばかり思っていましたすみません…。

 そんな佐倉葉さんが「個人ニュースサイト史」というものをまとめられたので、ご紹介させていただきます。

個人ニュースサイト史 < 佐倉葉ウェブ文化研究室

https://websitemap.sakura.ne.jp/monograph/monograph06.html

 オールドヨシミファンの皆様はご存じかも知れませんが、私もこう言う「まとめもの」「年表もの」は非常に大好きでして。でも、なかなか編纂が大変で、難しいのですよね。

 そうそう。
 「ヨシミ年表」は、2014年まで埋めましたけれども、ここ4年間分の資料を再収集するのが非情に難しく、いろいろ止まってしまっています…。いつか必ず、と思います…。

 話が逸れがちになりますけれども、先日、わたしが早起きしたときに佐倉葉さんはまだ起きていらっしゃって。この年表をコツコツと編纂されていたんだなあ、ということは想像に難くないのです。フルタイム(であろう)のお仕事をしながらこういうものをまとめるというのは、本当に大変なことです。だって、朝4時半前でしたよ。大変です。

 あの時間あの時代を共有した、一人でも多くの人の目にとまりますように、と願いつつ、この記事を書いているのです。普段は「びろーん」とかそういう内容しか書かずに読者さん離れまくりのヨシミ22歳全国版ですが、今回ばかりははっきり言わせていただきたい。
 是非、お読みください。

 そもそも、あれだけの隆盛を誇っていた個人ニュースサイトですよ。その歴史です。どこかの大学で研究された論文とか出ているのでしょうか。あまり聞かないです。一個人の方にこの研究を背負わせてしまっているような、この状況…大変です。
 佐倉葉さんもおっしゃっていましたが、「インターネットアーカイブが無くなるとこういうものが書けなくなる」と。我々は、記録を残すということをあまりにも怠ってきたのかも知れません。(実際、そのインターネットアーカイブがデータセンターの火災でデータの多くが失われた、ということがあったような気もします)

 ネットの情報は永遠に残る、と言われながらも、実際は一昨日の情報すらどこにもない、というのが現状なのでしょうね。残す努力、というものがあまりにも欠如していたのかも知れません。
 今後は、情報が適切に管理され残っていくことが必要なのでしょう。非常に重要な警告と考えます。

 もしも、「この情報は手元の記録と明らかに違う」というのを見つける方がいるかも知れません。そんなときは、ぜひとも佐倉葉さんに伝えてあげてください。

 さて。
 「個人ニュースサイト史」だから、ヨシミ22歳は関係ないよね、というふうに思ってゆっくり読んでいたんですけれどもね。

ニュースサイトと云う枠を外せば、『バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳』や 『バーチャルネットストーカー・ヨシミ22歳』は形を変えながらも後年まで生き残っている。 数多く発生した量産型VNI。ちゆフォーマットは優秀なフォーマットであったが、其れを用いたとしても後年まで生き残るサイトは、結局は、サイトに個性があり管理人に自力があった者である。

 ヒイ!
 ありがたい、ありがたい…。他の皆さんは実力でしょうけれども、私は結局、ひっじょうに運がよかったので、ここまでやってこれたんだと思います。あの時の運よ、カムバック! とすら思いますよ…。ええ。最近、ここ数年厄年でしてね…。

 そもそも、ヨシミ22歳のサイト開設が2002年6月っていうのは、VNIとしてはあまりにも遅すぎたんじゃないのかな、と思うのですよ…。完全に時流を見誤っていたとしか思えない。
 でもね。わたし、他人の日記を読むのがものすっごく好きだったので!!!!
 リアルじゃできないことを、ネット上で合法的にできる方法だったので!!!!
 インターネット上の不特定多数に向けられた行き場のないメッセージを受け止めるのが大好きで!!!!
 ものすごく幸福でしたねえ、ええ…。
 好きなことをやってただけです。
 様々な現状を考えると、ヨシミ22歳が無かったら中の人は今頃生きていなかったんじゃないですかね。つくづくそう思います。

 というわけで、長いところ続けてきたヨシミ22歳も今日で最終回となり…
 …ません!
 こういうことを書いていると、本当に最終回になっちゃいそうなので、どうにもこうにも。今後も細々と続けていきます。