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[y22] ヨシミ22歳の過大なトラウマ

誰も話を聞いてくれないし、人間なんてもう信じない。

小説「僕の担当ボーカリストはかく語り、去り、僕も居なくなった件」

しょうせつ

僕の担当ボーカリストはかく語り、去り、僕も居なくなった件

ヨシミ22歳

 

あとがき

 こんな小説(小説とも呼べないような代物)をまともに読んではいけません。
 まあ、それはそれとして……。
 私は、ネット上で小説を読むことが出来る、というサイトが嫌いです。
 なぜ読まなきゃならないのだ、という気になります。――もっとも、これは過去の実体験による経験則に左右されることなのですが。
 文章を読むことは苦痛です。訳のわからない親しみのわかない登場人物が出てきて、荒唐無稽な物語を多数読まされる。
 それだったら、いっそ、読まなくてもいい小説が出来ないか。つまり、読むことを無価値にするような小説を書けばいい、という結論に達したわけです。
 最後までこの小説を読んだ方は、まあ、まず居ないと思います。そのように設計しましたので。居たところで、その読み切ったという行為に価値は無いし、自慢げに、何も知らない他人に向かって「あれ読んだよ!」と言えるものでも無いでしょう。
 今後も、世間に許されることがあれば、このような「読まなくてもいい小説」を書いていきたいと思います。
 ありがとうございます。


41

 彼女と、久しぶりに会うことが出来た。その再会には、彼が立ち会っていた。
 彼女とバーベキューに行くことが出来た。その現場には、彼が立ち会っていた。
 僕は、ひたすらに無気力だった。
 バーベキューの後、彼女と彼は、遠いところへ消えていった。まさに、様々なことの暗喩がこれであったのだけれども、僕は様々なことを把握しないようにした。把握出来なかったのかも知れない。自らがコントロールを失っていく様子を、僕は何も出来ず、ぼんやりと体感しているだけだった。
 彼女の街にも行った。彼女は居なかった。当たり前なんだけど、偶然会うはずもないじゃないか。会えるはずもない。
 必要なのは、何かの必然なのだろう。それを僕は持ち合わせていない。


79

 少し、時を戻さないといけない。
 そうじゃないと、彼女と過ごした時間は、すべて無かったことになってしまう。
 とりとめも無い話。話していて楽しいこと。電話をし過ぎたこと。すべてが、本当にあったことなのだから。
 それをすべて無かったことにしてしまうのは、さすがに勿体ないじゃないか。
 でも、本当にあったことなのだろうか。僕は、少し立ち止まる。
 あの時代に、こんなことが必然的なこととして起きたのだろうか。毎日毎日「つまらない」という言葉を繰り返していた僕に降りかかったのは、いったい何だったのだろう。
 やはり、つまらないことだったんだろうか。
 つまらなかった記憶はないし、そんなはずはないんだけど、つまらなかったのか。
 僕にとっては彼女は必然だったけれど、彼女にとって僕は単なる偶然以下だったんだろう。


67

 正月、ラジオに出演した僕は、放送についてはよくわからないままだった。ただ、面白いから、何かをもらえるから、というだけでそんなことをしていた。
 結局何も生み出さないまま、だったけれども……。
 東京という街に戻った僕は、もう一度自分を見つめ直すべきだったのかも知れない。
 彼女との出会いの時は、刻々と近づいていた。
 僕は、それに何も気付かぬまま、通話料の高いPHSを避け、固定の東京電話で話をしまくっていた。結果、恐ろしい請求が来るのは自明であったけれども。
 そうでないと、精神というものを維持出来なかったのだろう。


 次の秋が来る前に、僕はいなくなった。


97

 彼女は相変わらずこんな事を言う。
「ああ、やっぱり、声のお仕事をして世の中に感動を与えたかった」
と。いつもそんなことを言っていた。繰り返していた。人生なんてそんなものだし、世の中勝者ばっかりじゃないよね、ということを僕は言おうとした。しかし、僕は言い淀んだ。これを言ってしまうと、僕のすべては終わってしまうのではないか、と思えてならなかった。
 そもそも、だよ。
 僕が懸命に、あそこまで努力をして推し進めた、彼女を有名にしよう計画、というものはどれほどまで明確に頓挫したのだろう、と思った。


101

 僕は、一日に一つのことしか出来なくなったら何をするだろう、というふうに思ったが、結局そんな事は有り得ないし、起こり得ないんじゃないか、と言った。彼女は、
「だってさ、一つのことしか出来ないなんていうことはない。誰も心臓が鼓動するし、しなくなったらそれは死を意味するんじゃないのかな」
こんな風に言って、僕に笑ってみせた。
 今日も、上野東京ラインは人身事故のために運転を見合わせていた。しかし、そんなことは、おそらく未来の自分にとってはまるで関係の無いことであり――大いに関係のあることであろう。
 まだ、何もはじまってはいないのだから。


59

 昔のことを考えて、ぼんやりしていた。
 昔というのは、たった二日前でも昔になり得る。僕がそれを昔だと認識している以上は、そうなるのだろう。無情にも休日は僅かな間に終わっていた。その頃は、休日というものが短かった。
 ネットに接続した僕は、彼女の掲示板へと書き込みをしたが、あるキーフレーズのコメントアウトに失敗した。いや、それ以前に、あらゆることが失敗だったのかも知れない。僕という存在が、徐々に崩壊していく様子を日本語で全世界に発信していたのだ。
 斯くして何らかの事変は発生し、世の中が僅かに揺れ……。
 何も、起こらなかった。


37

 秋が更けるに連れて、彼は僕に対して柔和な態度を取るようになった。さすがに、僕が惨めだと感じたのだろう。彼女の卒アルを僕に提供したり、それはもう、様々であった。
 ただ、僕は思っていた。このまま地獄の中に居続けるのか、それともこの地獄から逃れるべきか。いずれもこの世は地獄、と。
 彼女の趣味が彼によって染め上げられていく様子を、僕はぼんやり見ていた。
 様々な抽象的・非言語的な概念も、そのように染まっていく。為す術もなかった。
 しかし、僕と彼女が一定の意味で何か楽しいことを求めていたのも事実だった。僕と彼女は、小一時間電車に揺られる結果となった。
 彼のアルバイト先は、小ぎれいであった。
 最後に、プリクラを撮った。こんなにも幸福なことはあるのだろうか、と思ったが、幸福の閾値というものについて、僕は自身の感覚が麻痺していることに気付かなかった。


 秋の日、僕は最後に彼女を見た。
 彼女の着ていた服を覚えているが、隣に居た彼がどんな服装をしていたのかは僕の記憶にない。
 彼女は去り、僕をこれでもかとばかりに痛み付けるようになり、結果的に全ての連絡手段は断たれた。
 何もかもが終わった後で残ったのは、何もかもを失った僕だった。
 何もなかった。本当に、心底、何もなかった。
 季節は流れていたことに気付かなかった。


71

 彼女はひとりになった。もっとも、僕がそれを知ったのは、彼女が地球に行かなくなってから一年以上も過ぎてから、だった。
 そのとき、彼女の運営するウェブサイトに邪魔をするやつが現れた。僕は、正義感でもって、そいつを叩き続けた。それが正しいとばかり思い込んでいたけれども、結局どうだったのだろう。彼女はどんな満足を得ていたのか。
「ああ、どうでもいいですよ」
 そんなことを言ったかも知れない。
 実際、その邪魔者は現在でも十分すぎるほど大っぴらに活動していて、結局のところ定職にも就いていないニートなのだろうか、と思わざるを得ない。Wikipediaの編集にも携わっていたという。


23

 恐怖の大魔王というものは、人の形に姿を変えてやって来たのだろう。あるいは、病魔とかその類であったのだろう。僕はそう信じて疑わない。
 3月のある日、僕はデジタルスチルカメラを買って、曲を作っていた。同年代の人々は、皆就職活動だ、試験だ、と慌てふためいていた。僕には、その感覚がわからなかった。
 彼女のことを考えている間に、どれほどのことを忘れてしまったのだろう、と思う。周囲は皆狡猾で頭の良い人ばかりであったはずだ。その概念が僕の中で完全に形骸化していた。
 僕は、デジタルスチルカメラを持って彼女のいる街へ行った。様々なことがあった。それは単調な日常生活として織り込まれ認識されており、「様々な」という概念に落とし込まれた。


43

 これまでに会ったことも無いのに待ち合わせに成功し、ミロードでぼんやりと会話をしていた。僕はこの時点ですでに死んでいるんじゃないか、と思ったほどだった。
 彼は、ゲームをこよなく愛していた。
 そのくらいしか記憶に残っていない。僕は、ひたすらにぼんやりしていたのだ。ただ、彼が簡単な漢字を誤読したことについて、深く思慮を巡らすことなく吹聴するくらいではあった。
 あれは、何かの暗喩であったのか。未だもってわからない。
 僕と彼女の再会というお膳立ては、整った。もっとも、彼の許可を得て、ということになる。
 なぜ、許可を得なければならないのか。
 僕には、その概念というもの自体を理解出来なかった。


103

 彼女は、
「そんなことをしてどうなるのさ」
というようなことを気楽に言うようになった。これはいつからだったろうか。僕の記憶の中での彼女の発言は二〇世紀で止まっているので、少なくとも昭和ではないと思うんだけれども、どうだろう。
 以前、妙にノスタルジックな表現をしたメールを彼女に送りつけたことがあった。「この景色はもう失われている」とか「もう二度と戻ることは出来ない」とか、そんな事を書いていたように思う。
 彼女はそんな僕を一笑し、こう言った。「そんなことを言うなんてさ、子供じみているね」と。


まえがき

 この小説は、読まなくても構わないという画期的な小説です。
 可能な限り、読まなくてもいいものを連ねてみました。
 ライトノベルというものであっても、いくらノベルが限りなくライトであっても、どうせ「読まなければ仲間はずれ」という扱いとなります。しかし、この小説は、読んでも得をするものではありません。むしろ、読まないほうが時間を有効に使うことが出来ます。
 ですので、ここまで読んだ皆さんは、どうぞ全てを読んだ気になって、適当な酷評でもすればいいんじゃないかと思うわけです。当然のように、誰もその酷評に対して明確な反論が出来ないわけですから、批評者の立場は守られるわけです。
 まえがきの最後となりますが、私は、こんな負の力を持った小説をもっと早くに着想し、書き上げるべきでした。その点については、深くお詫びします。
 また、この小説の構成は、可能な限り「仮にポプルス様に印刷を依頼したら『おかしいですよ』と電話がかかってくる」ようにしよう、と努力した結果です。
 それでは、どうぞ読まずに読んだ気になってください。


53

 僕は、この自らの境遇の悪さというものに驚愕すら覚えていた。千載一遇のチャンスをなぜこのような形で逃すこととなるのか、どうしても納得はいかなかった。
 薬局でカフェインの錠剤を大量に買ってきて一気に飲み干そう、とも思ったが、実際にそれを実践した人が救急車で運ばれて大変なことになっているようだったので、僕は黙っていた。
 とりあえずここから消えたいと思ったが、それさえもままならず……。
 じりじりとした季節の中で、僕は、何か色々なことを忘れていった。
 どうせ、彼女にもう二度と会えないのだったら、それで仕方ない。仕方ないじゃないか。
 彼女には、恋人ができたのだ。


31

 彼女は歌うことにした。僕は、カセットテープを郵送した。
 拙い曲は、パソコンが故障していたにしてはまあ上手く出来た方なのではないか。
 僕は、曲を作った。青臭くてドロドロとするような、かつ、どこかで聞いた日本語をつなぎ合わせて一定の枠に収める、という作業を行った。転調に妙があったつもりだが、実はありふれていた。
 彼女は歌った。カセットテープはMDになり、そしてCDをライティングすることが可能な時代になり……。
 それはいつしか彼女の負担となり、僕の手元には、生き生きとしたあの時代の彼女の歌声だけが残った。世界でここにしかないから、僕が死んだら終わりなのだろう。誰かが受け継いでくれるはずもないが、とても素晴らしいものだと思っていた。
 しかし、世間の評価は、彼女に対し良いものでは無かった。


89

 彼女は、歌っていた。
 歌っている姿なんて、僕の記憶の中の本当に数分なのかも知れない。ただ、僕は彼女の歌を思い出して、カラオケルームでのその姿を思い出し、曲を何度も何度も聴いて、彼女の歌はどうだったか、ということを思い出す。
 ただ、僕は、その思い出す過程で、どうしても実際の史実に基づいた資料に頼り、彼女の横にあいつがいたことを、やむなく思い出してしまうのだ。これは、本当にどうにもならない。僕が心底苦しめられた、真実なのだから。
 真実はどこにあるのだろう、と問われても、まあ、わからないけれども。「真実を多数決で決めましょう」、と言いだしたのは、他ならぬ彼女であったから。


73

 ある秋、彼女はとあるチャット・ルームに居た。
 チャット・ルームの主であった人とは未だに交遊のある僕だけれども、交遊と言ってもいいのかどうかわからないくらいに、もう、人間関係というものもカッスカスになっている。仕方が無いことなのだろう……。
 彼女は、なぜか文字色もハンドルネームも、すべてひっくるめて「黒」になっていた。なぜだろう、と思った。その後、彼女は、
「地球にはもう行かないかも」
 という名言を残した。今でもはっきり覚えている。過去のHTMLファイルをひっくり返さなくても、それだけははっきり覚えている。
 ところで、アットマークというものは、何のためにあるのか、その意味を僕は当時はまだ知らないままでいた。


17

 彼女が、駅の駐輪場で転んで足を捻挫した。そのため、歌を歌うことが出来るようになった。
 逆説的であるが、そのようなことが起きたのだから仕方ない。
 僕は、足の治りかけた彼女の家の近所にある店舗を訪れ、レコーディングのデータをもらった。
 その後、彼女の主催するオフ会は延期になり、やむなく僕が受けることとなっていた試験の前日の開催となった。
 オフ会は滞りなく開催され、皆は満足した様子で帰途についた。
 このオフ会が、僕にとっての事実上の最後のオフ会とも呼べるものとなった。


61

 悪は栄え続けているのか、あるいはこの僕自身が悪なのか。それについてはわからないままだ。
 あの約束の日はやってきて、そして僕ひとりをあの時代に置き去りにしていった。
 駅で待ち合わせをして、カラオケに行って、新宿の居酒屋でお酒を飲んだ。
 たったそれだけの、ごくありふれた日。そのたった一日に、どうして僕はこんなにも心を乱され、その後の人生すらも乱される結果となったのだろうか。
 仮説として考え得るのは、あまりにも、彼女という存在について、畏れを知らなすぎたということなんじゃないか。そう思えてならない……。
 あの日、僕は、結局。
 赤い信号の光が見える駅のホームで、上り電車を待っていた。
 先に新宿行きの特急列車が通過し、上り列車はなかなか来なかった。


29

 年末の街はどことなく忙しなかったが、僕は電車を乗り継いで彼女の街へ向かった。
 偶然にも、彼女と道端ですれ違うことが出来た。自転車に乗っていた彼女は急ブレーキを掛け、
「どうしてこんなところにいるんですか!」
 と、言い放った。あんな偶然は、後にも先にも無かった。
 彼女はその日、何を考え、何を思ったのだろうか。
 彼女の街まで、片道二時間半。疲れ果てて部屋に戻った僕が見たものは、彼の父親が出演するテレビ番組だった。
 今思うと、「こんな事ってあるのだろうか」という事象の連続があったのではないか。何度も何度も押し寄せてくる。そう思えてならない。


47

 ごくごく簡単に僕は命の軽さというものを把握した。
 その後、夏がやってきた。
 彼女が好きだと言っていた曲は、渋谷のCDショップで中古品をようやく見つけることが出来た。
 さて、僕は、何をすればいいのだろう。わからなくなった。
 そんな中、僕に電話がかかってきた。彼女の恋人を名乗る人物から、だった。
「会ってみたいんだけど。来てくれるかな」
 そんな感じの、当たり障りの無い台詞。好青年なのだろう。負け犬となった僕の嫉妬と憎悪に満ちあふれた日常からは、最も遠いところに居るのだ。
 僕は、それを羨ましいと思う余力すら無くし、盲従せざるを得なかった。


13

 僕は、体調が悪かった。
 体調が悪いという以前に死のうと思っていたが、それを他人に相談したところで何にもならないために黙っていた。
 僕の全てが、彼女の言いなり。そして、彼女は彼と一緒に。
 僕は診療所に駆け込んだ。様々な検査を受けた結果、どうやら精神が不調を来している、との判断だった。そんな事は他人から言われなくてもよくわかっていた。
 薬を処方されてそれを飲んだが、結局のところ、薬を飲んでも彼女は彼と一緒に居続けた。
 今後の人生が危うくなり始めた。僕は、それに気付かないくらいには、病んでいたらしい。


19

 僕は、彼に招かれて彼の家へと遊びに行くことになった。
 有名人であるところの彼の父親の書斎にパソコンが置いてあり、そこで、パソコン上で動くゲームなどを楽しむことが出来た。書斎はきれいに整えられており、いずれここが活用されることが目に見えていた。
 彼の父親には会うことが出来なかったが、有名人だから会うのは難しいのだろう、という判断をした。
 彼は、彼女のことをずっと自慢していた。気持ちはわかるが、僕にだって自我というものもあり、何とも難しい。難しいという一言で片付けるのは簡単なのだろう。


11

 夏の日は、人が集まるところに行った。彼女と一緒に行った。
 彼には黙っていたが、後で結局露見し、散々ネチネチと文句を言われることとなるのだろう。
 これまでの人生で見たことの無かったもの。これまでの人生で体験したことのなかったこと。その全てが夏の日の一日に凝縮されていた。しかし、僕は傍観者であり続けることとなった。僕は幸福では無かった。
 翌日は雨が降る、珍しい、という事を皆で話し、そして解散した。
 終日、僕のPHSが電波をつかむことはなかったし、あの時急行のバスに乗るべきだった、と強く思った。
 夏だった。
 そして、夏は終わる……。


83

 あたかも公開処刑のような場に、僕は居た。そして、僕はもう少し怒るべきだったのかもしれない。
 次々に、モノリスのような形をまとった当時友人だと思い込んで人たちから浴びせられる、罵詈雑言。
 生きていても、こんなものだったのかも知れない。
「真実を、多数決で決めましょう」
 彼女はにこやかに言った。おそらくにこやかであったのだろう。それは、彼女にとっての勝利宣言であったのだから。
 結果、真実は多数決で決せられた。


(おわり)